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山焼き

伊豆に春を告げる大室山の山焼き

山焼き

山焼きのはじまり

現在は伊東市を代表する観光行事として定着している大室山の山焼きですが、その起源をご存知でしょうか。山焼きは、700年の歴史があると言われています。当初は、生活のために利用する良質な茅(かや)の生育の促進と害虫駆除の目的で行われていました。現在は、生活のために茅を利用することは少なくなりましたが、かつては日常生活を営む上で欠かせない存在だったのです。

山焼きのはじまり

日常生活に必要不可欠な茅

大室山のある池区の人々は、茅を小茅(こがや)と俵茅(たわらがや)の2種類に呼び分けていました。

小茅:日当たりの良い所に生える茅。丈が4尺(約120㎝)ほどで短いもの。
俵茅:日当たりの良くない所に生える茅。丈が長いもの。

小茅は、茅屋根をふくのに用いたり、麦作のための堆肥にしたり、牛馬の餌にしたりしました。かつては、山仕事や農作業のために牛や馬を多くの家で飼っていたのです。特に、池区の田はドブッタと呼ばれ、踏めば腰まで埋まるほどぬかるみのある田なので、馬より耐久力のある牛が活躍していました。

また、池区はかつて炭焼きがさかんに行われていて、男性が山に入って炭を焼き、女性が炭を梱包するための炭俵を編んでいました。この炭俵の材料に、しなやかで柔らかく細工のしやすい俵茅が使われていたのです。大量生産された炭は、自宅で使用するだけではなく、伊東の街へ運ばれたり、八幡野の港から船で江戸(東京)方面へと出荷されました。

日常生活に必要不可欠な茅

竹ゾリの復元図(作図:外立ますみ氏)
大室山の上で刈った茅を麓まで下ろすのに用いられた即席の竹ゾリ

山焼きのはじまり

良質な茅を得るために

このように、多様に用いられる茅の需要を賄うために、集落から程近い山野に茅場という採草地が設けられていました。大室山もこの茅場の一つでした。しかし、茅場と言っても手入れを怠れば雑木や雑草がたちまち生い茂ってしまいます。そこで、良質な新茅だけを育てるために、毎年茅の根を残しながら地上の全ての草を焼き払ったのです。
山を焼くことは、茅以外の草木の萌芽(ほうが)を防ぐ最も容易な方法でした。こうして、新たな茅の萌芽を促しました。つまり、山焼きは茅の保全のための農事として継承されてきたのです。

人々の営みの変化

日常生活における茅の需要がなくなるにつれて、茅場の保全・手入れの必要性は弱まっていきました。池区の場合、大室山以外の茅場では、昭和30年代を最後に山焼き(野焼き)は行われていません。

立ち上がった池区の人々

それでは、大室山の山焼きだけが現在に受け継がれているのは何故でしょうか。それは、池区の人々が、山焼きを観光行事として生かす道を選んだからなのです。最初に山焼きを観光に利用しようと考えたのは、開園したばかりのシャボテン公園でした。その後、シャボテン公園で行うことが困難となり、池区で行うようになりました。そして、昭和55年1月、山焼きの伝統を守って採草地とし、さらに観光事業の発展に寄与することを目的に「大室山山焼保存会」が結成されました。会長は池区長、副会長は池総有財産管理会代表・副区長・池観光代表で、約30人の役員で構成されています。山焼保存会では内部に実行委員会を作り、安全上の観点から、山焼き当日に天候と風を確認して、決行か延期かを決定しています。
こうして、山焼きの技術を継承しつつ、大室山の山焼きを観光イベントとして売り出すことに成功しているのです。

立ち上がった池区の人

大室山は2度燃える

大室山の山焼きは、(火口内側)を焼く「お鉢焼き」と山麓から火を入れ山全体を焼く「全山焼き(ぜんざんやき)」の2回に分けられます。先にお鉢焼きを行うのですが、これは、万が一、全山焼きのときに山に人や動物が残っていても、火口内側の燃え終わった場所に避難すれば助かるようするための安全上の配慮です。

山頂(火口内側)を焼く「お鉢焼き」

炎を間近で体感できます

お鉢焼きの点火は、地元消防団の皆さんにより行われます。消防分団長が全体の指揮に当たり、指示を受けた副分団長が拡声機でそれを伝達します。定刻になると、点火の合図となる花火が打ち上げられます。まず、火口の周りから焼きます。火は、舐めるように左右に燃え広がり、辺りは黒煙に包まれます。左右から一周するような形で焼き終わると、火口内部にある浅間神社の周りを焼きます。最後に、火口の底にあるアーチェリー場の縁から山頂に向けて一斉に火が放たれ、短時間で山頂部のお鉢焼きは終了です。

炎を間近で体感できます

山麓から山外側を焼く「全山焼き」
山麓から山外側を焼く「全山焼き」

わずか40分の大炎

お鉢焼き終了後、見学者の皆さんは一斉に下山となります。安全のため、山頂からは全山焼きを見学することはできません。
正午、点火の合図となる10本の花火が打ち上げられると、大室山外側の山麓からタイマツによって点火されます。点火には、山焼保存会役員、消防団員、来賓、市民や観光客の皆さんなど希望者も点火することができます。山麓から放たれた火は瞬く間に山を登っていき、わずか40分ほどで大室山全体が焼き尽くされます。

タイマツの販売

観光客用のタイマツは、開催日当日の朝から、大室山リフトにて販売します。なくなり次第終了となります。

山焼き観賞おすすめスポット
山焼き観賞おすすめスポット

さくらの里など近くで見るのがオススメだよ。何よりも山焼きの迫力! 熱量! 匂い!全身で体感できるんだ。

おおむろすみ

大室山東側がオススメだよ。西側から付けた火が山の北側と南側を回って合流するところが最も火が高く昇るんだ。

おおむろこがね

池区の集落など大室山南側がオススメだよ。南側は日当りが良く、茅が乾いているからよく燃えるんだ。

おおむろもえぎ

区の観光行事から市の観光行事へ

大室山山焼保存会を中心とした池区の皆さんの力によって保全されてきた大室山山焼きは、現在では伊東市を代表する観光行事の一つとなっています。伊東市に春の訪れを告げるこの行事には、例年3万人もの観光客が訪れています。

安全・安心のための配慮
天候による順延の苦悩

一方で、山焼きの実施には、常に表裏一体となって火を扱うことによる危険や苦労が付きまといます。観光客や市民はもちろん、火を放つ役目を担う消防団の皆さんの身にも事故があってはなりません。
また、山焼きを実施する当日や前日が雨天の場合などは、湿気により茅が燃えなくなってしまうため実施できません。その場合は翌週に順延となりますが、順延の度に楽しみにしている皆さんの期待を裏切ってしまうだけでなく、運営の経費も膨らんでいってしまうものです。

安全・安心のための配慮

延焼を防ぐ「防火帯造り」

山焼きの準備として、山麓の防火帯造りは欠かせない作業です。防火帯とは、火が燃え移らないように隣地との間を遮断する空間のことを言います。大室山は周囲に植林地がなく、類焼する危険性が少ない場所ですが、幅三間(約5.4m)の防火帯を造っています。毎年、池区の秋まつりが終わった頃に区民の皆さんで、山を焼く地境の草を帯状に刈ります。作業は5人ほどで行うので、丸4日以上かかります。刈った草は、あらかじめ燃やし、その地帯はこれ以上燃えないようにしておきます。 こうして防火線を張っているのです。

昇り旗の設置

山焼き実施の1週間前には、大室山周辺に昇り旗を立てます。これは、広告・宣伝の役割を果たすほか、実施日には山に立ち入らないようにという注意を促す意味もあります。

延焼を防ぐ「防火帯造り」

保存会や消防団の皆さんが着用している半纏(はんてん)は燃えにくい素材でできています。

延焼を防ぐ「防火帯造り」

3月下旬は温暖な気候で観光上都合が良いのですが、茅の生育を考慮すると問題があります。3月上旬は雨が多く、2月は寒くて雪が降る可能性があります。
そのため、現在も延期が少なくありません。

予定通りに開催できない方が多い?

実施日が雨天の場合は、当然開催することができませんが、実施日が晴れでも前日や前々日に雨が降ってしまうと、実施日までに山が乾燥せず、開催は困難となります。
また、実施日が強風の場合、火が燃え広がってしまう危険性があるため、開催できません。山麓では微風でも山頂では強風である場合があります。予定通りに実施できる年の方が少ないのです。

観光か伝統か

現在は、2月の第二日曜日に開催されている山焼きですが、その開催日は移り変わってきました。
昭和35年からシャボテン公園(当時)が主導で山焼きを実施した時期がありましたが、このときは観光業が重視され、3月21日(春彼岸)の日に行われていました。しかし、昭和55年に山焼保存会が設立され、山焼きの実施に再び池区民が携わるようになってからは、茅の生育と天候を考慮し、開催日を変更してきたのです。

3月下旬は温暖な気候で観光上都合が良いのですが、茅の生育を考慮すると問題があります。3月上旬は雨が多く、2月は寒くて雪が降る可能性があります。そのため、現在も延期が少なくありません。

伝統の消火具「フギリボウ(火切棒)」

山焼きは、大室山だけではなく、日本各地で行われています。いずれも、当初は草木の新芽の成長を促す目的で行われていましたが、近年では観光行事として行われる場合が多くなっています。しかし、山焼きの技術や方法は、伝統的な農事として行われていたときと根本的には変わりありません。
大室山の山焼きで使用される消火具「フギリボウ(火切棒)」は、かつて山火事の際の消火活動や焼畑などで用いられた道具の旧態をとどめるものと考えられています。
フギリボウは、フンギリボウ、ヒバタキとも言い、叩いて火の始末をする道具のことです。真っ直ぐで素性が良く、火に強い枝を5尺(約1.5m)ほどに切り、下枝を払い、葉の繁る先を折り曲げて針金で縛って作ります(左図)。用いられる樹種は、葉が肉厚でよくしなるカシ・アクシバ(ヒサカキ)・アオキ・ビンカ(ツゲ)など火に強い生木です。

伝統の消火具「フギリボウ(火切棒)」

インタビュー

伊東市には、17個消防団があります。その中で、池地区にあるのが、第15分団です。消防団活動には色々ありますが、その中でも大室山山焼きは、一大イベントの一つ。いつもの活動では、火を消す側ですが、この日だけは火を付ける側に。火入れも伝統を崩さず、先輩方に教えていただきながら、火入れもおこないっています。
風向きや、かやの倒れ具合や枯れ具合などを考えて、火入れの指示を出します。特に注意しなくてはならないのが、火の勢いが増すと風が起きるので、団員達には、いつでも指示が届く様にしてあります。そして、火を付けるのと同時に火も消さなくてはなりません。
そこで活躍するのが、フギリ棒という棒です。フギリ棒に使われている枝はアキシバと言う植物で、アキシバでないと火が消えないので、昔から使われています。そのアキシバも数が少なくなり今では探すのが大変な状態です。

大室山の山焼きは、間近で炎の迫力を感じながらも良いですが、少し離れて山全体が視える場所で山焼きを楽しむのも良いと思います。そして、消防団員の火入れの姿も観ていただきたい。山肌を全力で走りながら、火を入れる姿も目覚ましいです。これから先、伝統ある山焼きを毎年絶やさず後輩達にも、伝えていきたいと思います。

令和三年度  伊東市消防団 第十五分団 分団長 杉山 暢隆

第15分団

日本各地に伝わる山焼き

山焼きは、一般的には野焼きと呼ばれ、北海道から沖縄まで日本各地で行われています。その中でも、山を焼く行事を紹介します。伝統と観光の共存、天候不順による順延の悩みや安全面への配慮など共通する点も多いです。

全国の山焼き

秋吉台の山焼き

鍾乳洞が発見された数百年前から続く伝統行事です。国内最大規模約1,138haの広大なカルスト台地を焦がします。

  • 開催日: 毎年2月第三日曜日 ※点火不能な場合は翌週末以降に順延
  • 場 所:秋吉台
秋吉台の山焼き

若草山の山焼き

奈良のシンボル、若草山で行われる冬の代表的行事です。大花火打上げの後、33haの草地に一斉に点火されます。冬の古都の夜空を赤々と染め上げ、山全体が浮かび上がるさまは壮観です。

  • 開催日: 毎年1月第四土曜日 ※点火不能な場合は翌日に順延
  • 場 所:奈良公園内 若草山一帯
秋吉台の山焼き

別府八湯温泉まつり 扇山火まつり

「別府八湯温泉まつり」のメインイベントの一つが「扇山火まつり」です。草花の新芽の萌芽を促すだけでなく、温泉の神々に春の訪れを告げる神事としての意味があります。

  • 開催日:毎年4月
  • 場 所:別府市扇山周辺
秋吉台の山焼き